Interview 007

2022/11/22

株式会社ikura
代表取締役
中澤 英子さん
NAKAZAWA Eiko
株式会社ikura
代表取締役
中澤 英子さん
NAKAZAWA Eiko

急激に変化する世の中で、
大きなキーとなるのは「成長志向」

岡本

本日は、株式会社ikura 代表取締役 中澤英子さんにインタビューをさせていただきます。中澤さん、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今日はですね、中澤さんには、「アントレプレナーシップ」という大きな題材を中核に添えながらお話を伺えればと思いますが、もちろん、必ず起業をして欲しいというわけではなくて、子どもたちが、今からの社会を生き抜くために必要となっていく力というものについて伺いつつ、中澤さんご自身が海外生活をしてこられた中から見て、日本の教育をどう感じられているのか、また今後どう変わっていくべきかということを含めて、深堀りをさせていただければなと思っています。楽しくお話をさせていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

中澤

はい。よろしくお願いします。

岡本

さて、まずは、中澤さんが、現在どのようなことに取り組まれているのかということを、簡単な自己紹介を含めてお話しいただけますでしょうか?

中澤

はい。私は、もともと香港とシンガポールで育った後、日本の大学を卒業して、そのまま新入社員として、ソニーに入社しました。ソニーでは、新規事業や海外マーケティング、あと国内の営業もしたり、海外に赴任したりもしまして、韓国で3年勤務した後スタンフォード大学の経営学修士を取得するために留学しました。卒業後は、ソニーのアメリカ支社で、グローバルのブランディングとマーケティングに携わりました。ただ、留学中に、起業したい気持ちが生まれ、それがどうしても捨てきれなくて、その後、会社を辞めて、1社目の会社を作りました。その1社目は、コロンビア大学のインキュベーターの中で、温めてもらいながら作ったんですけれども、うまくいかず、2社目の「Dearest」という会社を2017年に作っています。そこでは、働く親を支援する教育とケアを企業の福利厚生として提供するものをサービスとして作っています。会社はニューヨークにあり、ニューヨークで動いていたのですが、昨年、個人的な理由で帰国し、今はリモートでチームをサポートしながら、日本でも活動をしています。
活動としては、イノベーショングローバルキャピタル、IGCというVCのベンチャーパートナー。その他には、株式会社TBMという、サステナビリティー革命を牽引する、今ユニコーン企業になっているスタートアップの社外取締役をしています。そして、自分の会社も今ステルスで作っている段階です。それが株式会社ikuraという会社です。

岡本

かわいい名前ですね。最初に伺ったときは、食べるイクラかなと思ったんですが、“なんぼ?”“いくら”なんだなと分かって、かわいいなと思っておりました。(笑)
さて、海外の経験を中核にお話をされていたと思うのですが、海外にいると、日本人としてのアイデンティティというものを持たれて生活をされる、というか、していかざるを得ないといいますか、周りからの見られ方という面でもあると思うのですが、日本にいると、自分のアイデンティティというものをなかなか意識することがないというか、周りが阿吽の呼吸で見つけてくれる、認めてくれているという状態が、日本社会の空気感だと思うのですが、海外での経験が長い中澤さんから見て、日本人としてのアイデンティティで苦しんだこととか、何かを感じたご経験はありますか?

中澤

そうですね。自分自身、いろいろな国で育ってきたので、日本人であることが自分のアイデンティティーの100%ではないと思っています。香港っぽくもあり、シンガポールっぽくもあり、アメリカっぽくもある気がします。多様な国の学生所属するインターナショナルスクールに通っていたのですが、そこでは「〇〇人」としてだけではなく「グローバルシチズン」として活動することの大切さを常に教わってきたこともあり、そういうマインドセットも自分の中であると思います。ただ、海外にいると政治や世の中で起きていることに対して、「あなたはどう思ってるの?」という時に、「日本人としてどう思う?」という意見を求められることもあるんです。そういう場面で、日本人であることを意識することが多く、自然と日本人である自分のアイデンティティーを持つようになってきたのだと思います。

岡本

なるほど。日本の場合、自分の政治的考えや精神的な信条について話すことは非常に少ないと思うのですが、海外に行くと、普通にね、ご飯食べながらでも普通に話すことが非常に多い印象ですよね。もちろん、海外の視点と日本での視点は、決してイコールになるものではないと思っていますが、中澤さんご自身、海外での経験の方がおそらく長い時間を過ごされている中で、敢えて、今の視点で、「海外の教育」と「日本の教育」の両方を、鷹の目としてマクロで見た時に、教育における日本の強みや弱みもを含めてどのように感じるのか、非常に興味深いのですが、いかがでしょうか?

中澤

そうですね。先日、岡本さんの子ども大学に伺って、学生のみなさんの前でお話させていただいた時も、少しカルチャーショックというか、もちろん良いイメージで、すごいなと思ったのが、小学生なのにみなさん、長い時間ずっとちゃんと姿勢良く座っていました。鉛筆と消しゴムも忘れずに持ってきていて、テーブルの右側に縦に並べて、日本から見ると、ものすごく些細なことだと思うんですけれど、ノートもとてもきれいに、ページを飛ばすこともなく書いている。言われたことをきちんと理解して、それを実行するという能力は、半端ないなと思いました!(笑)

岡本

確かに、そうですね!(笑)

中澤

もちろん、その場には、とても優秀で意識の高い学生が集まっていたのだとは思いますが、おそらく、日本の教育の中で、周りの輪を乱すことなく、言われることを遂行できる能力が鍛えられて、ずば抜けているんだろうなと感じました。
例えば、アメリカの教室に行くと、急に何かを出してきたりとか、発言する場面じゃないところで手をあげたり、トイレにも勝手に行くので、「勝手に行ってはいけないよ」と何回も言わなければならなかったりとか、ペンでいきなり何かを書き出したりだとか、みんな、自由でぐちゃぐちゃなので、、、いい意味で、ギャップがあります。
他にも、私が日本で会社を登記した時、アメリカではほぼ全て電子入力なのですが、日本では、紙をプリントして印鑑を押したり、CD-Rを焼いたり、印紙を現金で購入して書類に貼ったりしなければならなくて、全てアナログだったのが衝撃的でした。ただ、そのために法務局に行ったり、いろいろな方に電話をして聞いたりしたのですが、皆さんめちゃくちゃ優秀なんですよね。質問しても何でもわかるし、ミスはないし、待つ時間もちゃんと短縮されていたりだとか。人があまりにも優秀だからこそ、DXも必要がなく進んでるんだなと思ったんです。

日本の社会はオペレーションをうまく回す上での最適化や、決まったことを実行できる人たちが世界から見て圧倒的に多い印象です。もちろん、それは社会を回す上では良いことでです。その反面、変なことをやる人や場を乱す人が少ないので、新しいことにチャレンジする環境が限られていると思います。やはり、何か新しいことをどんどん生み出していくには、変な人とか、周りから煙たがられる人たちが必要なので。ただそいういう人達の集合体の中で物事を進めていくのは大変なので、そこにも課題はある。こういった日米の違いを13年ぶりに帰国していろいろな場面で痛感しています。

ちなみに、私の小学1年生の息子がインターナショナルスクールに通っているんですが、算数は日本の方が進んでいるので、日本小学校の先生にオンラインで受けることにしていて、そこでも日本とアメリカのアプローチが違っていて驚きます。
例えば、「3L+3L=6L」じゃないですか?その質問に「6」って息子が答えると、「間違えている」と言われるんですよね。何が間違っているか分からないので息子が戸惑うと、「単位のLがついてないと答えは正解にはならない」という説明で、アメリカの先生のアプローチと全然違うのです。
アメリカの先生の場合、まず「正解!!」と言ってから「単位のLを次からはつけましょうね。」という感じで教えると思います。もちろん、正しい答えは先生のおっしゃる通りなのですがここでもスタイルが違うなと思いました。

岡本

カルチャーショックですよね。単位が違う可能性もあるだろうというものと、いや、考え方が当たっているからいいじゃないかというものと。

中澤

そうそう、そうなんですよ。

岡本

今、中澤さんにお伺いしていて、ふと思い出したのが、日本が強かった時代っていうんですね、経済力もあってどんどん経済成長をしていた1980年代から90年代の初頭ぐらいまでの時は、一つのロールモデルがあって、このモデルに向かって、いかに効率よく進めていくことができるかが企業の利益に直結して行くので、高度経済成長後、バブルが崩壊するまでの間というのは、決められたことをひたすら効率よくやっていくことが非常に求めれていましたよね。だから、学校教育も、解は単位にまで細かくこだわって、決められたルールに従って答えるということをしてきたと思うのですが、バブルが崩壊した後の日本を考えると、どうしても、考える力とか、想像力、クリエイティビティというものも含めて、自分の意見を出すとか、自分の考えを相手に伝えるとか、ゼロから、もしくは何かと何かを融合させてでも、新しいものを作っていくという能力が求められるようになってきたと思うんですよね。
でも、それって、日本人がすごく苦手なところじゃないですか。先ほどの例で言うと、「机の右側の方でこれをしなさい、ここからはみ出るとダメですよ。」とか、“こうしなさい”という指示が出されて、それを守る教育をされて、当然それは親もそうですし、学校の中でも、そういうふうに、ある意味「型を覚える」っていうんですかね、そして、それが進むと、型を“覚える”ではなくて、“当てはめる”という行為になっていってしまうと。このインタビューの冒頭にも出てきたように、それが日本人の“阿吽の呼吸”となって、島国ということもあって、少し外れてしまうと、どうしても周りからの目が気になってしまって、みんなで統一化されて、今の日本人“らしい”思考というものがあるんだろうなと感じます。でも、やはりそれを続けていくことの難しさというか、限界もきていると思うんですよね。

そういう中で、おそらく、中澤さんからすると、今、お子さんが教わっている算数の内容に関しては満足されていると思うのですが、一方で、学力をつける上で覚えることはもちろん必要ですが、それが型に当てはめられすぎることになると、心配になることもあるのかなと感じたのですが、そのあたりは率直に言っていかがですか?

中澤

そうですね。やはり、自分を知って、自分を発見しながら、自由に成長して欲しいと思っているので、あまり、決められた型にはめられるのは、自分の子どもに残したい教育ではないと思っています。だから、週に一回、算数がうまくなるためのステップではありますけれども、そこにどっぷり浸かると、やはり子どもは、先生が大好きだし、先生の言うことを聞きたいと思うので、どんどん変わっていくのだろうなとも思います。

決まったことをやり続けるとことは、日本の強みでもあり課題。
「今のできる自分が、今の固定の自分」という思考から、「まだ物事はできないけど、自分はいつだってやればできる」という思考への変化が必要。

岡本

そうですね。でも本当に、人間は環境適応の動物だと思っているので、環境ときっかけを大人がどう与えていくのかによって、子どもの成長は変わってくると思っているんですよね。お話を伺っていると、その視点から、やはり今の日本の教育は、当然いいところもある中、欠けているものも見えてきて、グローバル化という言葉も普通となった時代がもう数十年と続いてきていると中、ワールドワイドな視点で見ると、現在、世界の中で、日本人もしくは日本の企業がうまくいかなくなってきているのは、おそらくこれまでの教育の部分が大きく影響しているのではないかと思います。
その側面を見てみると、海外の学生さんや、彼らを教えている先生方とも話をする機会がよくあるのですが、その中で皆さんがお話しされるのは、日本と海外の違いとして、日本の学生は、「将来、こんなことをやってみたい」という将来の自己実現に対しての思考がある人が圧倒的に少ないと言われるんです。「将来、何をやっていきたいか」「社会にどう貢献していきたいか」ということを言語化できる思考が作られていないなと感じます。一方で、学校の先生方や周りの大人は、自分のやりたいことは、とりあえず勉強をして先に進めば見つかるだろうと、新しい言葉は出てきても、従来の考え方とそう変わらない教育を進めていくという、先送りのシステムになっているなと感じてしまうことがすごく多いんですよね。
中澤さんご自身は、海外で生活をされてから日本の大学に来られて、また海外の大学にも進まれて、もちろん、今後も再度海外に行かれたいという想いもお持ちになっているのかもしれませんが、そういうキャリアを進まれるきっかけといいますか、将来の方向性をいつごろから考えるようになったのか、またその際に、周辺環境がどのようにキャリア教育を与えてくれたのについて伺いたいです。

中澤

そうですね。何かになりたいとか、何かをしたいという“北極星”みたいなものが見つかるのは、もっともっと後だったと思うんですけれど、小さい頃は、イギリスの教育システムだったので、科目をかなり絞らなければいけなかったんですね。日本では、理系か文系かという選択は後に決めますが、それを小中学生ぐらいで問われるんですよ。そうすると、その頃から、自分の先のことを考えて決断をするじゃないですか。そこで悩んだり、失敗して、変えたりする過程で、自分のことをより知っていく機会がたくさんあったのだと思います。当時は、医学部系のものを選んだのですが、その時は、「好きな科目は何か?」、「得意なものは?」、「医者になったら楽しいのか?」、など子供なりに考えて、こっちではないかも、あっちでもないかも、ここが好きかも、そうじゃないかもというディスカバリーを経て、今のやりたいことにつながっているのだと思っています。
ソニーに入ったのも、大学生の時、あまり分からない中で、いろいろ悩んで決めてきたんです。だから、キャリアについて、具体的な夢というような軸はそこまでなく、決断を迫られた機会が多かったが故にという感じです。皆さんもきっと、進学や就活で悩んだり、決断しなければならなかったことがおありだと思いますが、そういう機会があればあるほど、「自分に何が合うのか」、「自分は今後どうしたいんだろう」ということを考えるきっかけになると思います。
私自身、振り返ってみると、本当の意味で、「やりたいな」とか「自分がどういう人間かな」ということを考える機会があったのは、スタンフォードの時ですね。授業の中で、「人生の最後を想像してどういう人生にしたいか」ということを問われる授業があり、そこで、今までの自分の決断の方法や学んだことを整理して、自分がどういう道に進みたいかを見直すきっかけをもらいました。自分の中での“北極星”が定まってくると、決断の軸ができるので、悩みの解像度が上がるのだと思います。

岡本

先ほどの香港の時代のお話は、当時のイギリス統治の時代だと思いますが、やはりヨーロッパ諸国は、小学校のうちから自分の選択肢を決めなければならないという教育制度で、ドイツなんかは一番分かりやすい例だと思いますが、10歳で決めなければいけない制度ですよね。そんな中、日本の場合は、ジェネラリストを育てていくために、全教科をひたすら覚えながら、高校生になっても、国立大学に行くために絶対必要な科目が決められていて、その科目数が幅広くて、もちろん、何をもって基礎能力というのかは難しいですが、文系理系ともに、ほぼすべての科目を学んだ人間がこれだけたくさん大学に行っているのにも関わらず、ユニコーン企業も含めて突出したものがなかなか生まれていかないということに、いつも違和感を感じているんですよね。
当然、それは社会構造的な問題で、大きな組織に属してた方が良いという一つの日本人の思考というものがあるんだろうなとも思ってるのですが、それこそ、中澤さんが海外でビジネススクールに行かれていた時は、やはり周りも皆、世の中に何かインパクトを与える仕事を作りたいよねという思考で、企業に“属す”というのではなく、自分たちで何かをを作っていくことが醍醐味というか、当然そこには、自分で起業してIPOをして利益を得たいとマインドもあるでしょうが、同時に、この社会に対する貢献とか、面白いものをやっていきたいというワクワク感を持っている方がすごく多いと思うんですね。それはおそらく、冒頭にお話ししていた「型にはまる」というよりも、自分が「型を作る」という考えが持てるということだと思うんです。

今、コロナもそうですし、ウクライナの問題とか、物価高の問題とか、世の中が混沌として、様々な問題がある中で、VUCAと呼ばれるこの時代、日本でも、人口が縮小し、今から当然税金もさらに上がっていく状況下、日本人はより、国内だけで完結するのではなく海外と交流をせざるを得ない、打って出ていかなければならないと思っているんですね。その時に、今の日本のこの教育システム、おそらく、この記事に触れていただいているのは学校の先生方が多いと思うのですが、その方たちが、子どもたちにどのようにその力を与えていくのかということがすごく大切で、だからこそ悩まれている方も多いと思います。
そういう意味で、中澤さんが、長きに渡り海外で過ごされ、またご自身でも起業をされたりするご経験から、「今からの子どもたちに求められる能力」というものだけにフォーカスした時に、どのような能力が求められると感じられているか、教えていただきたいなと思います

中澤

そうですね。私自身は、“成長志向”がすごく重要だと思っています。
成長思考とは、人の能力は生まれたものに固定されずいくらでも伸ばすことができるというポジティブな思考パターンです。「私は数学が苦手だから」とか「話下手だから」といった自分の能力を決めてしまう思考が固定思考で、成長思考はその反対です。成長思考を持つ人は失敗とか周りからいわれたことを学びのチャンスだと捉えることができ、昨日よりも今日、今日よりも明日、自分にできることが増えることに喜びに感じます。なので、急激に変化する環境の中でも常に柔軟に成長し、困難を乗り越え、結果を出していけます。
世の中の変化が加速する中で、Web3、最新の技術や金融教育など、先生自身が学んだこともないことを学生が身につけていく必要が出てきています。そこで大切なのはやはり“成長志向”であって、先生は正しい答えをしっている「固定した人間」ではなく、常に自分自身も学び続けて成長しているという姿勢を見せてリードしていくことが必要だと思います。

あとは、環境がすべてだと思っていて、今まで会ったことのない自分からみた「変わった人」がいると、その人から影響を受けて今まで知らなかったことを発見する機会が生まれますよね。なので新しいことをやっている人、一般的な道を歩んでいない人、普段出会うこともなさそうな人、にエクスポージャーを作っていくのも、先生方にできることだと思います。先生の仕事は既に大変で時間と工数がかかる仕事なので、起業、ビジネス、金融、テックなどの科目を全て先生が教える必要はないと思っています。全部やらなくてはいけないなんて無理な話で、それよりは、刺激を提供してくれる外部の人たちにアクセスを提供し、一緒に話を聞き、議論して、一緒に影響を受けて、一緒に学んでいく環境を作っていければいいのではないかと思います。
先生が全部知らなくてはいけない“ティーチング”というのは、従来の教育モデルでは機能していたと思うのですがVUCAの時代では、一緒に学び考えていく形の教育に変わっていくと思っています。全ての答えを持っている先生がいたら怖いので。(笑)

英語力をつけるためには、言語力以前に、自己肯定感と図々しさを磨き、
どんどん発言する「マインドセット」が必要だと思う。

岡本

もし全てがわかっていたら、おそらく、学校の先生はやってないと思いますし、自分が投資家になって、自分でビジネスを作って、となってしまいますよね。(笑) そうですよね。おっしゃる通りだと思います。
ただ一方で、日本人のマインド的に、先生や大人は全部知っているものだとか、全てが万能で弱みを見せてはいけないというのも、幻想なんですけれど、持ってしまっているということがありますよね。別の回でインタビューをさせていただいた時に、日本の企業と海外の企業を比較しながら「ファブレス企業」についての話になって、その時に、もう日本語としてはおかしいのですが「ファブレススクール」、学校のリソースを外部に開放することによって、学校の中に色々な人たちを呼び寄せるようにした方が、実はすごく合理的な場合もあるのではないかという話をしたんですね。今あるものの中で学校の中の教育を作ろうとすると、やはりどうしても限界が出てきますし、固定化が進んでいってしまうので、流動的にアウトソーシングできるところは、やはりアウトソーシングをしていかないとという考えなのですが、トレンドというものも出てくると思いますし、そのトレンドを先に取り入れていくということって、価値としてはものすごく高いんだろうなといつも感じています。
そんな流れで、中澤さんにお伺いしたいなと思ったことが、日本人は、英語という語学の弱さに加えて、ディスカッションに慣れていないことがあって、いわゆるグローバルスタンダードの中で、“ディスカッション能力”と“語学”という二つのキーワードが常に問題として出てくる気がするんですね。これらの点は、もちろん、子どもたちに、先ほど言われていた“成長志向”があれば、当然、積極的に克服していけると思うのですが、どうしてもここに対してなかなか取り組む機会が無いような気がしていまして、この点はについて、子どもたちに求める能力として、どう考えられていますか?

中澤

そうですよね。まず、英語の学び方自体に課題があると思います。ディスカッションのツールなのに、最初から正しい文法を覚えることにフォーカスしていたりと。そこのギャップがすごくあるのではないかと思ったんですけど。どうやってやればいいかですよね。

岡本

やはり、二つの力はどちらも必要じゃないですか。スタンフォードでもおそらく、ディスカッションをして、自分の考えをまとめて体系的に伝えて、そこをブラッシュアップしていくという行為がすごくあると思うのですが、ディスカッションが不慣れであることと、スピーキングができないということを、どう感じられるのかなあと思っているんですね。

中澤

そうですね。スタンフォードのクラスの中でも、英語が母国語じゃない方は多く、間違った文法を使う人も普通にいましたが、そんなことは全く気にせず、自信をもって発言していました。完璧な英語を話せなくても、意見が自由に言えて、使っているうちにどんどん英語も上達していくのを目の当たりにして、語学力以前のものがあると思いました。
アメリカ人もそうですが、他国の学生も、比較的どうでも良い発言でも手を挙げてみんなの時間を取って堂々と話ができるんですよね。日本人は、そういう場で空気を読む人が多いのではないでしょうか。ここにいるみんなに貢献をしていないのに、この時間を使って手をあげていいのだろうかと考えると余計に発言できなくなってしまう人もいると思います。
彼らには図々しさと自分に価値があるという揺るがない自信があって、周りからどう思われているかを気にせずに発言できるのだと思います。日本人は、その図々しさが足りないというか、謙虚な人が多いのかもしれません。グローバルに活躍していくためには、そういうマインドセットから変えていかなければいけないのかもしれません。
日本には、論文が上手く書ける思考力の高い人も多いですよね。手を挙げて大声で話す人よりもずっとロジカルだったり。そう考えると、まずは発言する勇気や、自分には価値があると思える自己肯定感を磨くのがいいのではないかと思います。どんな場でも空気を読みすぎずに堂々と発言できるようになれば、自然と発言の内容や方法も磨くことができ、どんどん上達していくので。つまり、文法や単語を学んだり英語力をもっと上げるとか、ディスカッション力や思考力を磨くとかいう以上に、図々しさを磨き、場数を踏める環境に飛び込む方が、意外と効果がありそうだと思います。

岡本

すごく響いています。本当にその通りだなと思います。
今、中澤さんお話を伺っていて、思い浮かんだことがあって、やはり、日本は、地政学的にも島国で、海外ほどたくさんの民族が一緒に生活をしていないので、言ったら分かってくれるというか、先ほどお話しされたような、様々な価値観を持った上で何でも手挙げてどうでもいい話をすることとか、そういうことを経験していないから、ディベートとかディスカッションという行為をしなくても進んでしまっているという状況が、やはり大きいと思ってるんですよね。とある宇宙ベンチャーの方にも言われたのが、今後に向けて、今から“宇宙法”を作っていかなければならない時に、今ここで各国がぶつかり合って、自分たちに有利な条件を引っ張ってきて、自分たちの意見を通さなければいけない中で、説得するために、半ばこじつけのような意見をみんな言ってくるのだけれども、日本人はそこで話すことができないんだと、この状況を何とか教育で変えてくれよっていう、切実に言われたんですよね。
とはいえ、やはりいきなり大人になるわけではないですし、朝起きたら急激にその能力が開花するなんてことはないので、指導者や周りの大人が、教育の段階から関わって、お話しされていたような“成長志向”ですとか、自分の意見を相手に伝えるためのある意味での“図々しさ”を磨きながら、相手に自分の意見を伝えて、たとえ意見が違うとしても、「いや、でも私はこういうことをやりたいんだよ」とはっきり主張できるようなマインドセットを作っていくということが、やはり必須になってくると思います。

僕自身も、指導者や周りの大人が、今後の教育の中で、子どもたちにどのように力を与えていくのか、教育のあり方を変えていくのかということについての考え方は、自分の中でいつも葛藤していて、こうあるべきだというものが出る時もあれば、でもやっぱりこういう多様性を持たせなくてはいけないよねとか、逆に、シンプルにシングルイシューにして、こういうところに特化したほうがいいよねなどと考えを巡らせて、いつも悩んでしまうことがあるのですが、中澤さんからご覧になって、指導者や周りの大人が教育のあり方をどう変化させるべきかという点にフォーカスすると、どのように考えられますか?

中澤

そうですよね。ものすごく重要な課題ですよね。でも難しいですよね。。
課題が巨大なので、これはもう、より小さな課題に刻んでいって、それを一つ一つタックルしていって、変えていくしかないと思います。これまでの話に出た、外のリソースを先生が活用して学びをファシリテートするというものも浸透していくと大きな変化を実現できると思います。
また、教育の在り方をすぐに変えることはできないのですが、子どもは周りの指導者や大人を見て育つので、自分自身が子どもに身につけてほしいマインドセットを実際に持って日々生活していることが何よりも重要だと思います。教育の用語で言うと「モデリング」になると思うのですが、大人が日々学び続けて成長しているか、色々な場で自分の意見を言いチャレンジをし続けているか、それが子どもたちのマインドセットと力を育てる上で大切だと思います。

日本の受験システムは世界の中でもかなり平等なものだが、
今後の社会で価値を生みだしていくことを考えると、
「尖った人材」を作っていくしかない。

岡本

そうですよね。日本の場合はどうしても、受験というものがあるので、小さいうちからそういう多様な教育をしていこうと考えようとしても、「これって受験に必要なのかどうか」という思考に変わっていってしまうんですよね。だから、将来にはそういうことは必要だというのは分かるけれど、でもそこにいくためには、まずいい大学に行かせないとできないから、やはり大学に行かせるためには、必要だけれど受験に対しては余計なことというものは一度省いて、大学に入ってからそういうことを学べばいいじゃないかという思考が出てきて、日本の場合は、指導者も周りの大人も含めて偏ってしまうんですよね。
もちろん、この2、30年の中で変えようと動いてきたこともあるのですが、大学とか社会というものが変わり切れないために、どうしても偏差値というものを指標にしてジャッジをすることになって、ここを変えないくてはいけないのは、学校の先生たち大人もわかっているけれど、受験があるじゃんっていう、悩ましいところが出てきてしまうのが、現状だと思っているんですね。
その中で、どのようにバランスを取っていくかということも含めて、中澤さんの意見を聞きたいなあと思うんですよね。

中澤

そうですよね。やはりそのシステム自体が存在する以上、どうしても受験志向になると思います。ゲームのルールを変えるのは大変ですよね。

教育システムの構造を直接変えるよりも、その先の出口を変えていく必要があるのかもしれません。企業の採用基準で卒業大学名が重視されている以上、良い大学に行かせてあげたいと思う親が多いのは当たり前だと思います。もし企業の採用時に大学名ではなく個性や特殊なスキルが重視されるようになった場合、大学側もそういう要素を持つ人を入学させたいので、今までの試験とは異なる受験方法が取り入れられるのだと思います。

また、日本の名門大学に入り、大手企業に就職するという一般的に良いとされている道ではない、もっと多様な道を選んだ人の成功事例が増えていくと、自然とそれを目指す人も増え、そこで活躍するために必要なスキルを身に着けるインセンティブが生まれるのかもしれません。例えば大学にいかず起業をして成功して幸せな日々を過ごしている人、特殊なスキルを活かして活躍している人、全く違う国の大学に進学してワクワクする仕事についている人、など。そういう多様な生き方と働き方が身近にもっと増えてくると、子どもと親の目指す方向も多様になるのだと思います。今の受験と就職の構造では、子どもたちが「どこ」を卒業し「どこ」に就職するということにフォーカスがあたっていますが、多様な働き方が増えると、「なに」を身につけ「なに」をする人になるかということがより重要になると思っています。 もちろん、教育のサービスを提供するものとしては、受験に直結しない今後の時代に必要なスキルを学べる場を提供することは不可欠だと考えており、今後もそういうコンテンツやプログラムを提供していきたいですし、やっていく必要があると思っています。

岡本

数値化できない、メタ認知と呼ばれる領域になってくると思うんですけど、どうしても数値化できるものばかりに大人の目がいってしまうことによる行き詰まりというものを、僕は感じてしまっているところなんですよね。
勉強ができなくてもこういう能力がある、分かりやすい例で言うと、全教科はできないんだけれど、中高生でも、工学の中のこの領域に関しては、ものすごい能力持っているんだという子どもが、いい学びの環境の場に行けないということが、今の難しいところだと思っていて、ここを引き上げるために、旧AO入試、いわゆる総合型選抜というしくみもありますが、これをやるとどうしても、不平等だとか、能力のトータルバランスが良くないだろうという議論が出てきてしまいます。でもやはり、今、日本に求められていくことは、尖った人材を作っていかなければいけないということで、ここを伸ばす教育をやはり学校教育の中で、指導者も親も含めて、大人がそのような方向を支援することを作ってもらいたいなと思っています。
このあたりは、中澤さんはどうお感じになりますか?

中澤

例えば、アメリカの受験だと、ほとんどがAO入試のような形になっているじゃないですか。足切りのために統一試験はありますが、そこで何かが決まることはほとんどなく、その子が何を大切にしているかとか、今まで何をしてきたかとか、どういうことで世の中を変えたいかということを問うて、それによって入学できるというシステムなので、不平等が生じるんですよね。高額のフィーをとって入試戦略を一緒に練ってくれるカウンセラーもいますし、最近では、入試で差別化をするために変わったボランディアやインターンが体験できるサービスを提供する会社も増えていると聞きました。こういうサービスも含め、親の収入や教育水準で、子どもがアクセスできる環境が大きく変わってくるので、今の日本のシステムの方がよっぽど平等だとは思います。

ただ、今後の社会で、新しい価値を生み出していくことを考えると、やはり尖った人材を育成していくしかないと思います。小さい頃から特殊能力を持っている人は、全科目なんてやらなくていいというのが私の個人的な考えです。これに関しては色々な意見があることは理解していますが、もし小さい頃から興味がある事があれば、それを思いきり掘り下げて、極めていける環境を提供していくことが重要だと思っています。

現実的な話はおそらくその真ん中ぐらいにあって、今の日本のシステム全体は大きく変えられないとしても、一部の尖った人達を国をあげて育成していく仕組みは必要だと思います。出る杭は打たれる傾向がある平等を大切にする文化との相性はあまり良くなさそうですが、必要だと思います。

例えばアメリカでは、公的資金が活用されているギフテッド教育や、飛び級システムがあります。たとえ小学生であっても、大学レベルの数学が理解できれば、州によってはそのまま大学にもいけます。また、例えばある中学1年生が、1科目だけ飛び抜けて出来る場合、飛び級はせずその科目だけ中学3年生のクラスに混ざって授業をうけることもあります。このように秀でた人を臨機応変にポジティブにサポートする基盤があり、その学生たちをどんどん引き上げていくことで、結果的に社会がより良く豊になるという考えが根強いと思います。もちろん、このシステムにもさまざまな課題はありますが、このような事例を日本でも参考にしていければ良いのではないかと思っています。

岡本

そうですよね。パブリックではなく、私立の小中高という学校であれば特に、考えられますよね。もちろん文科省の教育指導要領の制限下の中で動かなければいけないという条件はあると思うのですが、そういうことができるのが、やはり民間での学校教育だと僕は思っています。
この記事を読んでいただいている先生方は、そういう立場の方が圧倒的に多いと思うので、だからこそ、私立だからやれることにはチャレンジしてほしいなと、伺いながら切に思いました。 それでは最後に改めて、中澤さんに、これを読んでいる先生方へのメッセージをいただきたいなと思います。

中澤

私は、教員の仕事ほど未来に直接的なインパクトを残せる仕事はないと思っています。また、世の中の問題の殆どが教育を変えることで解決できるものだと考えます。自分の過去を振り返っても、私の人生に大きな影響を与えた人の多くは教育に関係している方々です。アメリカの会社で現地の先生方と仕事をする機会もあり、沢山ある仕事の中から敢えてこの大変な職種を選んでいることからも、強いパッションとミッションを持っている方が圧倒的に多いので、いつも刺激を受けています。日本の教育システムや日本の先生方の課題に関する知識がまだ浅いので恐縮ですが、より豊かな未来を実現するために共にチャレンジをしていけると嬉しいです。

岡本

そうですね。共感します。僕も、国力の基礎の全ては教育だと思っておりますし、これがないと、どんなイノベーターも生まれないわけですから。ぜひ、学校の先生たち、そして周りの大人が、このインタビュー記事も含めてですね、何かヒントやきっかけになってくれればいいなと改めて思いました。ありがとうございます。
本日は、中澤英子さんにお越しいただきました。ありがとうございました。

中澤

はい。ありがとうございました。

Today’s Expert

中澤 英子 NAKAZAWA Eiko 

Dearest, Inc. 代表取締役就任
慶應大学法学を卒業した後、ソニー(株)に入社し、営業、海外マーケティング、新規事業の立ち上げ、ターンアラウンド、韓国赴任などを経て、 スタンフォード大学で経営学修士を取得。卒業後ソニーアメリカに赴任し、グローバルブランディングとデジタルマーケティングを担当。2014年に退社し、米国で第1社目を起業後、働く親を支援する会社Dearestを2017年に起業し、代表取締役社長に。米国ForbesのNext 1000 Entrepreneurs (アメリカンドリームを再定義する起業家)に選ばれる。IGC(VC)のベンチャー・パートナー。世界の「サステイナビリティ革命」を牽引するユニコーン企業である株式会社TBMの社外取締役。

Interviewer

岡本 弘毅 OKAMOTO Koki

教育のソリューションカンパニー、株式会社エデュソル 代表取締役。
特定非営利活動法人子ども大学水戸 理事長。
一般社団法人ロボッチャ協会 代表理事。
世界に羽ばたく「倭僑」の育成のため、従来の教育だけではなく、STEAM教育やSDG’s教育(ESD)、グローバル教育を中心に、3歳から社会人までの幅広い年齢にあわせた、様々な教育プログラムを提供している。また、子どものための大学を設立し、累計10,000人を超える学びの場を提供している。 2020年、株式会社電通、株式会社TBSホールディングスとともに、JVとして株式会社スコップを設立、実践的想像力を育むオンラインスクールSCHOP SCHOOLを開校。