Interview 002

2022/1/20

Paul Scherrer Institute PSI fellow
加速キッチン合同会社 代表
田中 香津生さん
TANAKA Kazuo
Paul Scherrer Institute PSI fellow
加速キッチン合同会社 代表
田中 香津生さん
TANAKA Kazuo
素粒子研究の今後の発展には他分野とのつながりが大切。
子どもたちも、指導者側も、これからの社会で求められるのは
「他人を巻き込む力」

岡本

本日は、田中香津生先生に来ていただいておりまして、インタビューをさせていただきます。どうぞよろしくお願いします。

田中

よろしくお願いします。

岡本

香津生先生とは、もうずいぶんと、毎回時間を忘れるぐらい楽しくお話をさせていただいていますが、まず、現在、香津生先生がやっておられることを皆さんに話をしていただければと思いますが、今、香津生先生はどちらにいらっしゃるんでしたっけ?

田中

今は、スイスにある PSI という加速器施設の方にいます。

岡本

実は、今日は遠距離でインタビューをさせて頂いておりますが、時差を関係なくお話しさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 香津生先生が今どんなことに取り組んでいるのかということも、今、キーワードもいくつか出てきたと思うんですけど、みなさんにお話いただけるとありがたく思います。

田中

せっかくなので、「研究」の側面と「教育」の側面の両方をご紹介しようかなと思うんですけれど、研究としては、一言でいうと、「加速器を使って、いろんな研究をしている」ということになります。私は、「どうしてこの世界、宇宙ができたんだろう」っていうことにすごく興味を持っています。これを研究するにはいろんな方法がありますが、その中でも私は物質の最小単位である素粒子という粒が一体どうして生まれて、どんな性質を持ってるかが分かれば、ちょっとはこの世界ができた理由がわかるんじゃないかなと考えています。この素粒子の性質を研究するために、「加速器」という、「素粒子を光の速さで加速する装置」を使って実験をしています。

岡本

目に見えないものに対して取り組んでいるっていうことですね。

田中

まさにそうですね。私たちが目に見えるサイズって、髪の毛よりももうちょっと小さいくらいのサイズだと思うんですけれども、それが大体、〇〇マイクロメートルだとすると、その1/1000の1/1000とか、そういったものを対象にして研究をしています。

岡本

なるほど。日本国内ではなく、海外に行かなければいけなかったってのっていうのは、何かおありなんですか?

田中

そうですね。この小さい素粒子っていうのを作ったり加速したりするっていうのは、どうしても、とてつもなく大きい施設が必要になります。日本でも茨城県東海村にある「J-PARC」とか、つくば市にある「高エネルギー加速器研究機構」でも加速器を用いた研究がおこなわれています。そして、それぞれの加速器ごとにどんな素粒子をどれぐらい加速できるかという特徴があるので、研究内容によって自然と研究を行う加速器が決まってきます。私の場合は、スイスのPSIの加速器が私自身の研究目的にあっていたということですね。

岡本

スイスと言えば、加速器でいうと「CERN(セルン)」が、聞いたことがある方も多いと思うんですけど、日本国内の加速器施設とスイスを中心とした施設っていうのは、どんな違いがあるんですか?

田中

そうですね。文化的にはそこまで大きく違いはないと思っています。なぜかと言うと、現在の素粒子研究は1つの国や1つの施設で行うのは規模的に難しく、いろんな国の共同研究になっていることが多いため、スイスの施設といってもアジアも含めていろんな国の人がいるんですよね。同じように、「高エネルギー加速器研究機構」だったり「J-PARC」でも、大きなプロジェクトっていうのは、いろんな国の人が集まってきます。なので、あまりスイスの加速器はこう、日本の加速器はこう、みたいな意識はないかもしれないです。

岡本

おもしろいですね。それでもその色々な国の方々が、その一つの目的を持って、日本やもしくはヨーロッパの方に集まってくるっていうのが、おもしろいなと思ったんですけど、アメリカにはないんですか?

田中

アメリカにもあります。なので、アメリカの加速器を使って研究をしたいっていうことで、日本から行かれる方もいますし、あと、カナダとかにもあります。結構我々は、なんていうか、いろいろなところを渡り歩く渡り鳥みたいなところがあって、2,3年スイスで研究して、ちょっとまた2,3年日本に戻ってきて、今度はこれ使ってこういうことがしたいとまた違う国に行ったりとか、いろいろな加速器施設を渡り歩くような部分が、研究者の性質としてありますね。

研究やテクノロジーの開発が進むパラダイムの波とその成熟
スピードのスパンは、どんどん短くなってきている。
だからこそ、絶えず周りのものを視野を広げる習慣が必要。

岡本

今、研究されている、宇宙の誕生のことについて、素粒子という一つの目に見えないものから、宇宙の誕生というものを考えて研究していくっていうことやってらっしゃると思うんですけど、その領域っていうのは、どんどん複雑多様的になって、一つではできないって話を伺いましたが、これは今後どのように発展されていくと考えられているかということもお聞きしたいなと思います。

田中

素粒子研究の発展は大きく2つの方向性があると思います。1つは、「スケールを大きくすること」です。例えば、現状の加速器で可能な最大エネルギーを上回る加速器をつくれば、まだ人類が知らないエネルギー領域で未知の物理を探索することができます。もう1つは「測定精度をあげること」です。これまでの精度の測定結果では理論と矛盾がなかったとしても、1桁精度を上げることで理論では説明することのできない未知の物理がみつかることがあります。 ただ、このスケールや精度をあげていくという発展の仕方がいつまで可能かという課題が、この分野にはあると思います。例えば、CERNの最大の加速器であるLHCは、山手線一周に相当する大きさです。人類が地球上に加速器を作ると考えるなら、だんだんスケールの限界に近付いているように思います。これまでずっとコンピューターの性能が上がってきましたが、だんだん原理的な性能上昇の限界を迎えているのに近い話です。 この中で、私たち研究者は、実験のスケールを大きくする以外のアイデアを考えていかなければいけないと感じています。例えば、他分野とのつながることで新しい研究領域やアイデアが生み出されるということを期待したいですし、自分もその一端を担いたいと考えています。例えば、私が取り組んでいる粒子線治療は、加速器物理と医学が関わってくるもので、視野を広げることで社会的に意義があったり面白い研究がまだまだ生まれうるのではないかと考えています。

岡本

今、お伺いしていると、新しい領域っていうのを見つけるには、何かと何かの間の中間点をきちんと理解しながらくっつける力っていうのはすごく必要なんだなっていうのを改めて聞いていて思ったんですけど、そうなってくると、多様的な知識っていうのを学び続けることの大切さっていうのは、香津生先生から見るとどう感じますか? 昔だったら、スペシャリスト的なものを何か一つ追求していけばいいっていう時代から、二つのものを学びながら融合していくっていうことの力っていうのに切り替わってきているのかなと思っていて、大学でいうと、アメリカのダブルメジャーなんかもそうだと思うんですけど、その辺ってどうお考えですか?

田中

圧倒的に大事だと思いますね。研究やテクノロジーには波があって、何かのパラダイムである分野が一気に花開き、多くの研究や開発が進むことがあります。近年は、こういったパラダイムが起こる頻度が増えてきて、かつ、それが成熟するまでのスピードも上がってきているように感じます。例えば、深層学習がブームになってから、たった数年で、コンピューターサイエンスだけでなく、物理の様々な領域でどんどん活用されて、新しい研究が生まれています。現在では、こういったスパンが人間の寿命よりも短くなっているので、大学で専攻した分野だけでなく、絶えず周りのものを視野を広げる習慣というのは、こんな今だからこそ必要なんだろうなと思います。

岡本

ビジネスの世界とかでもそうだと思うんですけれど、いわゆる「ピボット」をしていくっていう、一つの専門から派生していくっていう形になっていくのだと思うんですけど、それって例えば、今の学校教育や民間教育などにおいても、小学校とか中学校っていうのは全教科5教科学びなさいっていうところから、高校になって専門領域で「文系」「理系」に分かれて、教科の選択が始まってくると思うんですよね。本来は、その時に人生が大きく変わってくものが、なかなか、数学が嫌いだから文系に行くとか、数学が得意だから理系に入ったんだけど、どうしても化学は嫌だから生物に行くとか、色々な選択肢を子どもたちが持っていると思うんですよね。そこでよく聞くのが、「生物を選んでしまったから、工学系になかなか行きづらい」とか、「物理を取っておけばよかった」とかいう子どもたちが出てくるんですが、そんな子どもたちに対して何かメッセージがあれば、まずこの時点で一回聞いておきたいなと思うのですが。

田中

そのあたりの価値観は、明らかに変わってきているのではないかと感じています。既存の進路の考え方って、最初はたくさんある選択肢を、文理選択や学部選択を通して枝切りしていくようなイメージかなと思います。例えば、「医者になりたいから物理ではなく関係しそうな生物を選択しよう」といった感じですよね。 一方、私の進路に対するイメージは、何かやりたいことが生まれたときに、それに必要な分野の枝がニョキニョキっと伸びていくような感じです。例えば、私の知り合いで放射線治療の画像診断を研究されている方がいます。この方は、元々物理に興味を持っていたものの、キャリアも考えて医学部に進学されました。そして、医学部で色々知見を深める上で、放射線治療は物理のツールも使うんだ、さらに画像診断の分野だと深層学習がブームになっているということに着眼して、そういった研究分野にのめりこんでいったそうです。かくいう私も、この方と粒子線治療の研究交流をしているのですが、中高生の時は「物理の研究者になるのだから他の分野は必要ない」と思い込んでいました。 このように、今は中高生の時の進路選択ではカバーできないこういった融合分野がたくさんあるので、「高校で物理を選択しなかった」のように枝切りしたと思っていたものに、後から、ニョキっと触れる機会が出てくるというのは、当たり前になってきていると思います。また、どこかで自分が実現したいことがでてきて、それを進めるためには、自分の知らない専門が必要になったら、そういう仲間を集めても一緒にやればそれでよかったりもするわけです。中高時代の進路選択が、自分のやりたいことを枝切りして狭めていくことは、少しずつ少なくなってきたのではないかと感じています。

岡本

なるほど。おもしろいですね。

田中

いったい何の枝が生えてくるのかが分からないんだけど、とりあえず、物理とか数学とか生物とかを勉強しておけば、何かぶち当たるかもしれないし、学校外でも、何か、プログラミングをしておくのかもしれないし、部活でスポーツを頑張るのかもしれないし、アートをやるのでも何でも、ゲームでも何でもいいんだけれど、何かをしておくと、そういう枝を捕まえる力がだんだんできてくるので、そういう意味で勉強が大事なのかなっていう感じを受けています。

岡本

お伺いしていると、香津生先生のフィーリングっていうのは、僕はすっと入ってくるんですよね。何かって言うと、指導者側の助言とか、子どもたちは、一言声掛けをされることで楽になったり、頑張ろうって気持ちになったり、逆のパターンでネガティブな部分も出てくると思うんですけど、聴いていて思ったのが、そのメッセージって、すごく僕の中では、ネガティブなものばっかりじゃなくて、ポジティブにいろんなものを考えて、まあなんとかなるからやっていこうぜってやっていると、これもできるね、あれもできるねっていう感じになってくるんだろうなって。○○が嫌いだからこっちはいやだとか、○○が好きだからこっちだけでいいんじゃないかとか、メリットがあるからその取捨選択をジャッジするというのはよく分かるんですけど、子どもたちが自分の人生に大きく英断をしなければいけない時期が来た時に、夢がないままいきなり途中でポンってきて、好きか嫌いかで決めていってしまうのが一番問題だなと思うんですね。 その中で、香津生先生のもう一つお伺いしたかったのは、今、その素粒子というものも含めて、ご自身もスイスに行かれて色々研究に携わっていること、また先ほど言ったようにこの自分の好きなものがニョキニョキと枝のように生えてくるっていうのも含めて、そういった自分の方向性は、いつぐらいからご自身でジャッジをされたのかもお聞きしたいなと思いました。

田中

そうですね。まず、この手の物理の研究者になりたいって思ったのは、すごく早くて、6歳ですね。その時にわりと強く決めたっていうのがあって、簡単に一言で言うと、早すぎる中二病が来たって、僕はよく言うんですけども。笑

岡本

早すぎますね。笑

田中

みんな誰でも、「自分のアイデンティティとはなんだろう」と考える時期ってあると思います。私も、なんで私は生きているんだろう、なんで私はここに生まれたんだろうみたいなことを、6歳ごろからいろんな本を読んでる中ですごく考えるようになりました。例えば、宇宙の本を読んだ際、その宇宙の本を読むと、なんか138億年前に ビッグバンっていうのがあって、それで宇宙ができました、ってことが書いてあるんですよね。それで、私はすごく天邪鬼だったので、それがすごく胡散臭く感じて、一体誰が見たんだ?と、138億年ビッグバンがあったことを。それで、なぜそれを信じることになったかを聞いても、大概の大人は答えられないんですよ。だから、信じることにすごく違和感があって、もしかすると騙されてんじゃないかなと。もしかすると、本当はこんな、宇宙ができたみたいなことはなくて、ないんだけど、この田中っていう人間を騙したいから、みんなで口裏を合わせていて、本当は私は何かこう水槽をみたいなところに飼われていて、すごく高いところから、ああ、あいつ騙されてるわと、観察されていて、本当は宇宙ができたみたいなことってないんじゃないかみたいなことを、当時思ったんですよね。 これ、大人に聞けないんですよ。それで、すごくストレスを感じた時に、物理学者の伝記を読むと、大体ほぼ同じことが書いてあったんです。みんなそういうことが気になって物理の研究者になったって書いてあって、ああなるほどと。私以外でもそういうこと考えた人がいるんだっていうのに凄く嬉しくなったし、そういう人が、それを突き詰めるっていう一つのアプローチとして、どうしてこのよう世の中ができたって研究をしているというのを知って、そういうことをやりたいなと思ったのがきっかけですね。

岡本

学校とか民間教育でいたら、難しい生徒って言われても仕方ないタイプだったんですね。

田中

当時から、厄介な子だったし、たぶん先生からすると、うざったい子だったと思うんですよね。本当に、スタートはそんなところです。

岡本

その感覚の中から、香津生先生が、ステップアップというか、どんどん学びを進めていったと思うんですけれど、その中でも一番思い出に残っている学びのエピソードみたいな、これは凄くおもしろかったっていう、人生に大きく影響を与えた契機というのが何かしらあったんだと、僕は思っているんですけれど、そういうことって、今振り返ってみて、何かおありですか?

田中

いくつかあって。結構ひょんなことだったりするんですよね、そういうのって。パッと思いつくものが3つあります。 1つは、天文キャンプのようなイベントに参加した時にすごくきれいな星空を見たことです。すごくたくさんの星をみると、初めて地球ってこの中の一個なんだ感を実感するんですね。宇宙というのはすごく研究のしがいのある世界なんだというのを、すごく感じたんです。結構、天体観測とかって軽い気持ちでやるものですけど、あれでちょっと人生変わるって人って結構いるんじゃないかなって思います。 2つ目は、高校で電磁気の分野を学習していた時のことです。電流が流れるとその周りに磁場が発生するという性質と、磁場が変化するとそれによって電場が生じるという現象を電磁気では習います。ということは、電流が流れている周りに磁場が生じ、その磁場変化でその周りに電場が生じ、その電場で磁場が生じ・・とドミノ倒しのように続いていくのではないかと考えました。その計算を紐解いてみると、ちょうどこれが電磁波になっていることに気づきました。電磁気という基本的な性質で身近な現象につながったというのが当時衝撃で、物理はよくできた学問だなと感じました。 最後が、物理チャレンジという物理オリンピックの全国選抜コンテストに参加した時です。100名の物理の好きな高校生が集まって3泊4日の合宿形式で問題を解くんですけど、みんな物理に対する情熱がすごくて、こんな子達がこの国にいるんだっていう衝撃を受けました。同じ学校の中だと、無茶苦茶物理が好きな人たちが集まる機会なんてそうはないけれど、こんなに自分よりも物理が好きだよみたいな人がいっぱいいるんだという世界を見た時に、自分がこの分野の中で進学して、どんどん研究の世界に飛び込んでいったら、もっと色んな能力があったりとか、おもしろい人達と一緒に研究できるんだろうなって思った時ですかね。

岡本

100人空手みたいなものですね。一緒にみんなで学びながら稽古をして、みんなで問題を解いていくわけですもんね。語り合ったりして。なるほどおもしろいですね。 その機会っていうものが大きく影響したってことですよね。 「環境ときっかけ」っていう言葉を、僕はよくキーワードで使っているんですけど、やはり、子どもたちだけでなく、人間自体、「外圧」によって変わるっていうよりも、自分がその「環境ときっかけを与えられたこと」によって成長してくとか、変わっていくことの方が多いのではないか思ってるんですけど、そこに関してどう思いますか?

田中

全くそうなんですよ。私も3歳の子どもがいまして、そういうことをなんとなく実感するんですけど、きっかけづくりで大事なことが大きく2つあると思っています。きっかけを提供する側って、「いい」きっかけを考える余地はあまりなく、できることは、「ほぼランダムに試す」ことなのだと思っています。どんどん適当にボールを投げているみたいなもので、何が当たるか分からないんだけど、もしかすると何かがその子の興味にヒットする。つまり球数勝負だと思っています。全部がはずれることもあると思うんですけれど、ただ、球数が多ければと多いほど、確率が上がるみたいなもので、やっぱり機会は幅は広くて多い方がいいんだろうなと思います。 また、「自分から探して求める」体験も大切です。私の経験で言うと、天文キャンプは初めて私が自分で「行きたい」と親にお願いしたもので、小学4年生の自分には結構勇気がいりましたが、そのキャンプが楽しかったので、1つの成功体験になったと思います。物理チャレンジも自分で募集案内を見つけて頑張って一次選考を受けたのですが、そこから物理好きな同世代との出会いが生まれて、自分から探し求める一つの経験でした。 このように、最初はとにかく色々と外的にでも刺激やチャンスを与えられることは大事だと思っていて、同時にいずれ自分からチャンスを探し求めるようになることも大事だと思っています。

必要に応じた分野のできる人を巻き込んでいくことは、研究の基本。
探究学習を通じて、学校でも「他人を巻き込んで」活動する経験が
できる環境になってほしい。

岡本

そうですね。「水道で、蛇口をひねらないと水は出ない。でも、受け手側のコップが倒れてれば水は入らないっていう。その水をたくさん出さなくちゃいけないし、下を受けるものも変わらなくちゃいけない」って話をするんですけれど、今、聞いていて、まさしく両方が、環境ときっかけの作る側と作られる側で、自分から作る、作ってもらえるように移動する、もしくは自分がその場所を見つけて動く、っていう能動的なアクティブさは必要になってきますよね。 香津生先生と話していて、今、この世の中で、絶対解っていうものがどんどんなくなってきていて、昔であれば、例えば90年代くらいまでは、1つのロールモデルがあって、いかに効率よくそこに結びつけていくかっていうこと、それを達成する力っていうのがすごく求められてたと思うんですけど、今、そのいわゆるVUCA(ブーカ)の時代って言われるこの昨今において、絶対解じゃなく納得解であったりとか、絶対解を自分でひねり出す、見つけなければいけないっていうものになってきてると思うんですけど、その時に、さきほど、「発信側」と「受け手側」って2つあったと思うんですけど、それを、「指導者」と「子どもたち」に敢えて置き換えた時に、そのVUCAの時代が到来したことで、子どもたちに求められる力とか、またその子どもたちが社会に出ていくために指導者側が求められる力っていうものも、やはり昔と変わってきてると思うんですよね。先ほどとちょっとキーワードが重複してしまうかと思うんですけれど、そこを、それぞれの立場で、どうお考えですか?

田中

そうですね。実際に、一番大事だなと思ってるのは、「他人を巻き込む力」ですね。なぜかって言うと、無理なんですよ、一人の人間が変化に完璧についていくなんて。笑 例えば、学校教育の中で、教えるという立場において、「こういうことやったほうがいい」というのはどんどん変化していくと思うんですけど、それを全部一人の教員が、単独で、全てのスキルを手にいれるというのは、やっぱり現実的じゃないと。プログラミングは大事だから、全員の先生がプログラミングを勉強してくださいとか、英語が大事だから、全員の先生が英語をできるようになりましょうとか、探究活動が大事だから、全員の先生が探究を指導できるようになりましょうとか、そういう世界ではないと思っていて、いろいろな「できる人」が世の中にはいるわけだから、いかにその人たちを巻き込んでいくかが大事だと思っています。これは研究の基本でもあるんですね。例えば、素粒子の研究って、何百人とか何千人でやったりするわけです。なぜかというと、一人一人の持っているスキルって限られていて、ある人は、すごくプログラミングが上手ですと、でもその人は、ガンガン解析をするんですけど、もしかしたら、電子工作はできないかもしれないと。でも、電子工作ができる人は、もしかしたら、金属パーツを作ることができないかもしれない。だから、みんながそれを持ち寄って、1つの実験ができるっていうのが、素粒子の研究で、これは教育も似ているだろうなと思います。 結局、子どもたちに理科なり英語なりいろいろなボールを投げて、どんどん刺激を与えたいんだけど、そのボールを一人の人が投げることができないから、たくさんの人で協力したほうがいいのだと思っています。ただ、「教育において」他人を巻き込むって、、、

岡本

難しい!

田中

そう!あんまり一般的でもないし、受けられないケースも結構多いし、難しいと思うんですね。でも今後の事を考えると、すごく大事なことになるのかなと。学校の先生でも、それをすごくできる人もいるんですよね。外にすごく発信をしていたりとか。学校の先生で、例えば、大学の教員にだったり、企業の人を巻き込んで、学校内でいろいろなプロジェクトやっている先生って結構いて、どうやってやっているのかなって思って聞くんですけど、ほぼ、その先生のコミュニケーションにおける馬力でやっていると思ってて、とりあえずおもしろいものを見つけて、どんどん巻き込んでいるみたいな。それってかなり、現状、先生のモチベーションを、どれぐらいそこに持ってガンガンできるかっていうところに寄っているところがあると思っていてね。でも、それはすごく大事なのかなと思います。

岡本

「巻き込む力」って、今、伺っていて思うことなんですけど、今までの、従来の日本の学習環境っていうのは、個人で、自分で、黙々と、喋ったら「うるさい」って怒られ、質問されても、「あとで」って言われながら、ひたすら先に進んでいくっていうのが、一般的な大多数のマジョリティだったと思うんですよね。でも、社会がどんどんどんどん変わってきて、日本の相対的な優位性もどんどん低下していて、さらに今後、今まで以上に急激に変わっていくスピードっていうのが、今までより明らかに速くなっていく。先ほど、香津生先生がお話していた、今までは、一生かけて学問っての追求するぐらいのレンジだったものが、どんどん短くなってくるということにちょっと似ていると思うんですけど、そうなってきた時に、今からは、どのように、教育というものも含めて変わっていかなければいけない、つまり社会が変わってきているのに、教育が変わらなくていいというわけにはならないと思うので、そうなってきた時に、どう、教育っていうものが、今から変容していくべきか、お考えをお聞きしたいです。

田中

そうですね。一つは、すこし先ほどと重なってしまうと思うんですけれど、既にはじまっている探究の時間などを活用してこの「他人を巻き込んで」活動する経験を得られるような環境に学校がなっていくといいなと思っています。例えば、高校生が科学探究をやろうとすると、学校に装置がないとか、必要な科学知識がないとかでどうやってスタートしていいか分からないみたいなことに陥ったりします。私のところにも、「素粒子の探究をやりたい!」ってコンタクトをしてくる子がいたりしますが、そういう場合、実際に加速器を使った探究を支援してあげることもあります。ただ研究者に連絡してみるだけで、中高生の視点ではできっこないと思っていた加速器を使った探究ができちゃったりするわけです。こういった自分からチャンスを探し求めて他人を巻き込む経験が大事だと考えています。 現状まだまだ、学校の中に閉じた探究活動も多いと感じていますが、社会の様々な機関が学校教育にコミットすることで、こういった中高生がチャンスを探し求める最初の障壁が小さくなるといいなと感じていますし、私もその一端を担いたいと思っています。 例えば、自分が物理の研究者という立場で言うと、物理の研究者の求められる能力で、一番大事なものを一つ挙げてくださいと言われたら、私はたぶん「他人を巻き込む力」っていう気がして、多分それは、計算ができるよりずっと大事です。あらゆる物理の研究者にとっても同じで、なぜなら、一人でできる物理なんてマジでしょぼいんですよ。だから、もし天才がいたとしても、「他人を巻き込む力」がなかったとしたら絶対に成立しないんですよ。極論、めちゃくちゃ「他人を巻き込む力」があったとしたら、その人の計算能力が全体の人の半分だとしても、2,3人巻き込めばいいだけの話だから、成し遂げられちゃうんですよ。これはもう、物理の研究みたいなところでも、実際にたくさん起こっていることで、それはやっぱり教育にとっても重要なことだと思います。

岡本

今、お伺いしていて、理の追求の中核である物理が、それはいいから、とりあえず「周りを巻き込む」という抽象的な、数値化がなかなかできないものが一番大切だっていうのが、すごくおもしろいなと思ったんですけど、その中で、例えば、「受験」というものも、一つ、「答え」というものがある、物理とちょっと似ているものだと思うんですけど、今の尺度というものを考えていて、「AO入試」も「総合選抜型入試」にネーミングが変わってきましたが、そういったものが増えてきたとはいえ、片方で、子どもたちが、「受験」っていう絶対解が1あるっていうものの尺度でしか、なかなか測れない。でも、香津生先生が言っている「他人を巻き込む力」って、受験とかでやったら何が起こるか考えると、「ねえ、ここが分からないんだけど、教えてくれない?」ってなって、非常に難しいのですよね。「巻き込む力」がすごく大切だっていうのは分かるんですけれど、今の受験システムとかと考えてくるとなかなかギャップがあると思うんですが、ここは、どうお考えですか?

田中

まず、「巻き込む力」を「測る」というのは確かに難しいです。まず、原点に立ち返ると、入試の目的は、大学にとって誰が欲しいかを選んでいるということになります。私が思っていることは、大学が欲しい人物像というのは大きく分けると2つだと思っています。1つは、大学での勉強・研究活動を脱落せずにできる人かという事だと思います。ちゃんと卒業までこの大学の単位を取り切って、やり切る能力がないと困るわけです。これを何で測るかっていうと、結局、大学では、授業を「講義」という形で単位を取って卒業するので、この講義を「やりきる力」があるかってことになるわけですよね。これを測る能力として、いわゆる筆記入試試験をやっていると思っています。当然、学部学科で、その性質も違うから、それに合わせた、高校で習ったことをやって、そこでどれぐらいこの子が勉強を継続する力があるかとか、予備知識があるかを測ることで、きちんと勉強を楽しんで単位を取れる力があるかというものを測っている。 もう1つは、大学在学中・卒業後に活躍してくれる人かという事だと思います。サイエンスの分野では、大学に入学後研究室に入って、大学院に進んだ場合、トータル2,3年、博士課程に進学する場合はさらに長い期間そこで研究活動をしていきます。つまり大学にとっては、大学における研究活動を一緒にやっていく仲間になります。これをやっていく仲間として、一緒に楽しくできるか、その学生がパフォーマンスを発揮できるか、これが2つ目だと思っています。こちらも、やはりさすがに、測った方がいいよねってことで、最近、総合選抜型の試験だったりとか、そういうものが出てきて、その子の、それまでのヒストリーから、どれぐらい物事の探究心を持っているかとか、探究能力を持っているかとかが測られていると思うんですよね。結局、今、日本は、そのバランスによって、運用しているんだろうなというのを感じていて、私が思うのは、2つをうまく組み合わせて、きちんと大学を卒業できて、きちんとそこで元気に楽しく研究できる学生さんを、いかに多く選抜できるか、そんな入試システムに大学はなるべきだと思うし、高校生はそこで選抜されるように、がんばって自分を高めていく必要があるんだろうなと思います。 もう1点、日本とずいぶん違うスイスの教育システムとの比較をご紹介したいのですが、スイスの大学には、入学試験はなく基本的には国内のどの大学のどの学科にも好きに入ることができます。その代わり、日本でいうところの小学校6年~中学3年ごろに大学入学が前提となったギムナジウムという中等教育機関に行くか、15歳から週に1~2日学校に通いながら受け入れ企業で見習い就業をする職業訓練を受けるかを選択することになります。こういった日本の大学受験よりも大きな進路の決断をこれぐらいの年齢ですることになるわけです。 これがいいか悪いかは色々な議論があるんですが、いい面としては、いわゆる大学に行かない層に関しては、その分、「専門技能を身につける」とかっていうのを早期からすることができて、例えば、今、私のいる研究所に、職業訓練校に通う子が何人か来ていて、私たちと一緒にものづくりをやっているんですね。高校生のうちから研究所でものづくりをすれば、研究所で働くテクニシャンになるという道の最短ルートだよねっていう考え方です。 日本の難しいところって、そういった進路振り分けっていうのが、例えば、理系文系選択だった高2、大学選択だったら高3まで横並びの勉強をしてきてそこから突然決めなければいけないという事もあるなと思います。逆に言うと、中高の期間を存分に使って自分にとってのチャンスを探し求めることは進路選択の観点でも大事だろうなと思います。

探究活動をより意義のあるものにするために
どれだけ学校外と連携できる環境を作っていけるかが重要

岡本

さきほど、中間地点で話した「環境ときっかけ」っていうキーワードが出てきたと思うんですけど、子どもたちが、その環境ときっかけを与える人に出会えなかったりとか、自分がそこから動けなかったりした場合って、さきほど香津生先生が話していた進路選択の場面になると、もう自分では全然動けないから、タイムリミットになって、「えいや!」で決めてしまう子もたくさんいると思っていますし、片方で、そういうものを自分で能動的に見つけて、環境が与えられたところにすごくマッチした子たちは、特にこのネット時代、どんどん自分から見つけることができるようになってきて、どこに対しても、海外ともやりとりができるようになってきた時代で、すごくギャップが広がる一方になってくると思うんですよね。その中で、良いトレーニングになってくるなと思ったのが、1つは探究学習だと、僕も思っていて、プロジェクトベースで、みんなで役割分業しながら、全員が4番バッターでなくてもいいし、全員がキャッチャーをやる必要性もなく、いろいろな適材適所で動いていくんだよってことが分かる。そして、ここに対して、アメリカの大学みたいに、ポートフォリオを作成して、エッセイに書いて、自分がこんなことやりたいんだ、となる時代が、僕は来て欲しいなってことを毎年思っているんですよね。当然、そのメリットデメリットがあって、日本は、平等教育というものを担保しなければいけないっていう絶対解、不文律があるので、なかなかそこが難しいというのはよく分かるんですけど。この、探究学習っていうものに最後フォーカスしてお聞きしたいんですけど、探求学習っていうのは、今、学校さんも悩んでいることがすごく多いと思うんですね。そこに対して、香津生先生の方から、悩んでいる先生方にメッセージをいただけるとありがたいなと思うんですね。

田中

1つは、日本の探究学習はまだ歴史が浅いものの、実はすごいんじゃないかということです。ちょうどアメリカやヨーロッパの探究活動をしている中高生と日本の中高生の共同探究みたいなプログラムをいくつかやっているんですが、学校単位で、通年で、探究活動をやっている事例って、他国だとあまり見ないんですよね。研究所主催のプログラムに中高生が参加していたり、学校外のクラブ活動だったりと、探究事例は色々ありますが。 一方、日本って今、すごいことに挑戦していて、新しい指導要領から、全国の学校で例えば1年間授業として探究の時間というのを組み込んで全生徒が探究活動に取り組むことが行われるようになったんですよね。これはとてもチャレンジングで、他国では真似ができないことだと思います。実は、他国で言うところの、自由課題の宿題レベルだったり、まだまだ課題を抱えた学校もあると思いますが、ともかくこれをあらゆる全国の学校で運用して先生たちがもがいてやっていること自体に価値があると思っています。 もう一点は、繰り返しになりますが、これからこの探究活動をより意義のあるものにするためにどれだけ学校外と連携できる環境を作っていけるかが重要になってくると思っています。学校の強みの1つは、子どもたちをいかにメンタリングして気持ちを乗せていくかとか、いかに子どもたちと深く接しているかというところで、これって逆に、学校しかできないんですよね。塾じゃできない。逆に、その他のスキルやハード面だったら、他で持っているいろいろなところがあるので、いかに繋がっていくか。また、元日本の大学教員の立場で言うと、実は興味がある大学の先生っていっぱいると、私は思っています。よく、「中高の教育に関わってみたいんだけどどうすればいいか」って若手の研究者によく聞かれるんですよ。でも、どのように学校や中高生にアプローチするかが分からないという研究者はいっぱいいると思います。なので、私はそこをうまく活発化する活動を、がんばってやっていきたいなと思いますし、学校の先生もうまくそういうところを活用して進めていくというように考えていただけるといいんじゃないかなと思っています。

岡本

それこそ「巻き込む力」ですね。

田中

これ、両方ないと駄目なんですよ。研究者だけが持っていてもアプローチできないし、お互いが持っていて初めて繋がるみたいなところがあると思うので、私自身もすごくそういうのを持たないといけないなと思いますし、っていうところですね。

岡本

本当にその通りですね。よく言う、子どもたちだけが変われではなく、指導者も時代とともにアップデートをしていかなければいけないことだと思うので、教える側と教わる側とう今までの従来の立場じゃない、プロジェクトベースの学びっていうのが、すごくいい影響をお互いに与えられるんじゃないかとは思います。

田中

それは本当に思いますよ。 そういう先生の姿ってやっぱり見ているんですよね。やはり、先生がやっている背中を見て子どもは結構真似するところがあるから、まさに、「巻き込む力」をつけて欲しいなと思えば、本当にそういう学校になれば、そういう先生たちが集まれば、結構自ずとそうなる、みたいなところがあると思うので、まさに、そういうところはあると思います。

岡本

本当に、香津生先生と話しているとあっという間に1時間以上経過してしまうんですけど、メッセージをいただいて、何か子どもたちに有益なもの、もしくは学校の先生方もやっていてワクワクするような学び、それを一緒に楽しみながらやっていく教育環境っていうのができてくれたらいいなっていうのは、今日は改めて思いましたし、香津生先生みたいタイプの子どもたちってたくさん世の中にはいると思うんでですよね。それを切ってしまうのではなく、「おもろいじゃん!」って言いながら育む教育土壌というのがあって欲しいなと、改めて思いました。何よりもあと3年経ったら、香津生先生のお子さんがね、「この世の中ってのはさ」って言ってくれことを僕は望んでいるので。笑

田中

怖いんですけどね。笑

岡本

デジャブ?というのを楽しみにしたいと思います。本当に今日はありがとうございました。これをメッセージとして、また何か学校の先生達と一緒にイベントに取り組んでいけることを祈っております。 本日は田中香津生先生に登場していただきましてありがとうございました。

田中

ありがとうございました!

Today’s Expert

田中 香津生 TANAKA Kazuo

1986年兵庫県生まれ。
東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。
2012年より広尾学園中学校・高等学校で理科講師として勤務。2014年より理化学研究所JRA、2016年より東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター助教を経て、
2020年に加速キッチン合同会社を設立し同社代表社員。
2021年よりPaul Scherrer Institute PSI fellow。

Interviewer

岡本 弘毅 OKAMOTO Koki

教育のソリューションカンパニー、株式会社エデュソル 代表取締役。
特定非営利活動法人子ども大学水戸 理事長。
世界に羽ばたく「倭僑」の育成のため、従来の教育だけではなく、STEAM教育やSDG’s教育(ESD)、グローバル教育を中心に、3歳から社会人までの幅広い年齢にあわせた、様々な教育プログラムを提供している。また、子どものための大学を設立し、累計10,000人を超える学びの場を提供している。
2020年、株式会社電通、株式会社TBSホールディングスとともに、JVとして株式会社スコップを設立、実践的想像力を育むオンラインスクールSCHOP SCHOOLを開校。